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ヒストリー

マランツは、半世紀以上にわたってホームエンターテインメントのベストブランドとして愛されてきました。そして、技術革新がますます進展する今日においても、ブランド創設時からの「厳しいユーザーの要求に応え、新しい可能性を追求する」というビジョンに挑戦し続けています。


  • 1951~1964

  • 第1章 黎明 - オールド・マランツの時代 1951~1964 モノラルからステレオへ

    創始者ソウル・バーナード・マランツ

    創始者ソウル・バーナード・マランツ

    1911年7月生まれ。インダストリアルデザイナーで音楽を愛し、自身でもチェロの演奏を楽しむアマチュア音楽家であり、レコード収集家でもありました。




    第二次世界大戦直後のオーディオ業界

    1948年にLP レコード(まだモノーラル)が登場して、HiFiへの関心が高まりました。アンプといえばフィッシャーやスコットが有名だった時代です。英クォードはナチスに爆撃された工場を1950年に再建、マランツ終生のライバルといわれたマッキントッシュは1946年に会社を設立、新回路のパテント取得を待って1949年よりアンプの生産を始めました。

    マランツ・ブランドの誕生

    #(モデル)1 ソウル・B・マランツは市販のアンプに満足せず、自分が正式に学んだ知識を使ってアンプの設計製作をしました。*1当時のレコードは録音特性がまちまちで、レコードの裏と表で違う物があったほど。彼は全てを正確に再生するために、各種のイコライザーカーブを備えたプリアンプを作ったのです。1951年、40歳のときでした。これが彼のオーディオ仲間の間で評判になり、量産を勧められました。彼は妻とともにプリアンプの生産を始めます。これが“オーディオ・コンソレット”という名のプリアンプです。ニューヨークの自宅で手作り生産を行っていましたが、ますます評判になり、受注残を400台近く抱えるにいたって小さな工場を借り、1953年にマランツ・カンパニーを設立しました。
    翌年制定されたRIAAイコライザー規格に合わせるなどのマイナーチェンジしたものが#(モデル)1 です。テープモニタースイッチは画期的でした。

    シドニー・スミスとの出会い

    シドニー・スミスその後、彼は当時20代だったシドニー・スミスと意気投合しチーフエンジニアに据え、1956年にマランツパワーアンプの原点となる#(モデル)2を発表しました。バイアスメーターやバリアブル・ダンピングファクター・コントロールなど意欲的な機能を搭載したこのアンプで、6CA7(EL34) UL(ウルトラリニア)接続プッシュプルの基本構成が完成しました。この後マランツ氏はプリアンプのみを手がけ、パワーアンプの設計は全てシドニー・スミスに委ねます。



    1957 ~ 1961年

    #9モノーラルパワーアンプ 1957年発表の#3はマルチチャンネル・アンプシステム用の2ウェイ・チャンネルデバイダーで、単体デバイダーとしては初めての製品ではないかと言われています。#4は#1 及び#3に付属していたパワーサプライで、正式にはタイプ4と呼ばれていました。この年の暮れに発表、翌年発売された#5パワーアンプは、#2のコストダウン型モデルで、マルチチャンネルでの多数個使用を考慮した結果です。

    1958年にステレオレコードが登場してすぐ、#6ステレオアダプターを発売しました。これは2ch仕様のセレクターとボリュームを備えており、先に説明したテープモニター端子を利用して接続します。モノーラルプリアンプである#1を2台重ねて、その横にぴったり納まるデザインは、まさにインダストリアルデザイナーであったマランツ氏の面目躍如たるところです。
    さらにこの年の12月、ステレオプリアンプ#7のアウトラインが発表されました。直ぐに細部が改良されて#7Cとなり、以後長期間にわたって最高のプリアンプとして君臨し、プリアンプのお手本とされてきたものです。一般に#7といわれているものは#7Cのことです。信号の流れに沿ったパネルレイアウトは、絶妙なアンバランスを持ったシンメトリーデザインにまとめられ、洗練された美しさを感じさせます。この年には#8ステレオパワーアンプを発表し、1961年にパワーアップした #8B となりました。マランツ氏が発売した最初で最後の1電源ステレオパワーアンプでした。
    この間に#(モデル)9モノーラルパワーアンプを発表しています。6CA7(EL34)ULパラレルプッシュプル構成のこのアンプは、当時ハイパワーを誇っていたマッキントッシュを多分に意識したものでした。パワーもさることながら、フロントパネルを持つ最初のパワーアンプで、マランツの今にいたるセンターメーターは、このモデルに由来します。これ以降#7と#9の組み合わせは名機という名を欲しいままにし、オーディオマニアのあこがれでした。
    価格的にもオーディオ機器としてはトップクラスで、初任給が1万円くらいの時代にペアで年収の6倍にも相当した。

    リチャード・セクエラの入社

    #10B真空管式FM専用チューナーこの年もう一人マランツにとって重要なエンジニアが入社します。リチャード・セクエラです。 このころ始まったFMステレオ放送に対して遅れをとったマランツが、高周波のエンジニアとして採用しました。あまりに凝ったため開発は大幅に遅れ、マランツ初のFM 専用チューナー#10(後に#10B)が、満を持して発表されたのは1962年のことでした。メーターの代わりに小型スコープを使ったこのチューナーは、これまたあらゆる点で現代チューナーの手本となるものでした。 この年には革新的なリニアトラッキング方式のレコードプレーヤーSLT-12も発表されています。回転するレコードの音溝(インサイドフォース)によってアームを送る原始的な方法でしたが、その機構は実に良くできていました。1964年にやっと生産にこぎつけた#10Bでしたが、開発費をかけすぎて資金難に陥り、マランツカンパニーの一部をアメリカでソニー製テープレコーダーなどの輸入販売を行っていたスーパースコープ社に売却、1967年には退任し、これ以降マランツブランドに関わることはありませんでした。*2

    *1 マランツ氏はインダストリアル・デザイナーでありながらエレクトロニクスの教育も受けていました。
    *2 マランツブランドに関わることはありませんでしたが、70年代から80年代に別のブランドでオーディオ業界に貢献しました。

     

  • 1965~1979

  • 第2章 スーパースコープ・マランツの時代 1965~1979 真空管からソリッドステートへ

    スーパースコープとマランツアンプの第二期黄金時代

    ステレオパワーアンプ#240 マランツを手に入れたスーパースコープ社の社長ジョセフ・タシンスキーは、NBC交響楽団の元メンバーだったほどの音楽愛好家でした。ユダヤ系アメリカ人である彼はマランツ事業の拡大を望み、総合音響メーカーを目指します。それはちょうど真空管からソリッドステートへと移行していく時期でもありました。1965年の秋に発表したプリアンプ#7Tは、マランツのソリッドステートアンプ第1号機です。パワーアンプのソリッドステートモデルは、1966年のデュアルモノーラル(モノーラルパワーアンプを横に2台並べて1枚のフロントパネルに取り付けた)構成の#15が最初で、パワーアップした#16に発展しました。異極性トランジスタをミックスさせた構成は、高耐圧デバイスが得られなかった当時、ダイナミックレンジを確保する為の画期的な方法でした。パワーアンプではインバーテッド・ダーリントン回路を採用し、極めて優れた高域特性を誇っていました。
    1970年に一体型のステレオパワーアンプとして#32が生まれ、さらに本格化した#(モデル)240とパワーメーター付きの#250が発表されました。1971年には強制空冷式の巨大な#500に発展し、後の#P510(多くのバリエーションがある)に引き継がれていきます。これらのパワーアンプのナンバーは左右両チャンネルの出力の合計を表しています。ハイパワーを特長としたマランツパワーアンプに対応するプリアンプも#33、#3300と発展し、#P3600を迎えました。こちらは一貫して多機能を特長とする、コントロール・コンソールタイプでした。ここまでがマランツアンプの第二期黄金時代で、これらのアンプは全てアメリカで設計生産されたものでした。後にハドレーアンプを創ったデヴィッド・ハドレーやフィラヴィオ・ブランコ、GASやSUMOなどで有名なジェームス・ボンジョルノが活躍したのもこの頃です。

    スピーカーへの挑戦~インペリアルシリーズ

    ダイヤモンドカットのウレタングリルが特長であるマランツシリーズ(4、5、6、7、8、9) また、スピーカーにも関心があったタシンスキーは、1969年に三菱電機に依頼してインぺリアルシリーズ(1~5)を発売、日本ではインペリアル3のみ紹介されています。1973年から弟のアービング・タシンスキー(サキソフォン奏者でもあった)が指揮して、ダイヤモンドカットのウレタングリルが特長であるマランツシリーズ(4、5、6、7、8、9)がスタートしますが、アンプほどの評価は得られませんでした。
    その後JBLから有名なフルレンジユニットLE-8T等を手がけたエドモンド・A ・メイを副社長に迎え、最初の作であるHDシリーズがアメリカのハイ・フィデリティ誌で高い評価を得ます。続いて発表した900シリーズも好評でしたが残念なことに彼は亡くなり、次いだ息子のディック・メイも成功しませんでした。

    スタンダード工業への資本参加

    1966年、事業の拡大を望んだタシンスキーは、ハイエンドのみならず中級コンポ、レシーバーへの進出を計画し、日本のメーカーに開発を依頼しました。その結果スタンダード工業が試作したものが採用となり、1968年より生産をスタートします。これが#25モジュラーステレオです。
    これ以降ローコストのモデル(#22 - #28)は、スタンダード工業が開発生産しました。また、この年より国内におけるマランツ製品の販売はスタンダードセールスに移りました。1971年にスタンダード工業の経営改善のためスーパースコープ社が50%の資本参加し、傘下に加えたのです。この頃からAライン(アメリカ生産)商品を残して、マランツモデルの設計生産の主力は日本に移ります。

    日本マランツへの社名変更とプリメイン・アンプの大ヒット

    チューナー#112 設計生産の中心はアメリカ向けのレシーバーでしたが、日本で発売された純国産モデルとしては、プリメインアンプの#1030、#1060 をスタートに#1040、#1070、チューナーの#112と、#125 などがありました。1975 年にスタンダード工業が日本マランツに社名変更した後、国内では高級プリメインアンプ#1150、#1250が大ヒットし、このカテゴリーでの評価が確立されました。
    1978年より一桁番代のモデル名が復活。1979年にはステレオサウンド誌のステート・オブ・ザ・アート賞に輝いた超弩級パワーアンプのSM1000、ガラスのターンテーブルのTT1000が発売されました。また、この年のMa-5より純A 級AB 級切り替え式パワーアンプが導入され、以降マランツアンプの特長となります。
    1980年スーパースコープ社は極度の資金難に陥り、アメリカ、カナダ以外の全ての海外資産をフィリップスに売却しました。ここまでがスーパースコープ・マランツの時代です。今にいたるマランツのトレードマークであるブルースターは、この時代に生まれました。

     

  • 1980~2000

  • 第3章 フィリップス・マランツの時代 1980~2000 アナログからデジタルへ

    フィリップス・グループの一員に

    FM/AMチューナーSt-8mk2 1980年、フィリップスが極度の資金難に陥ったスーパースコープ社から北米以外のマランツの商標権、営業権、海外資産を買収しました。そのため、日本マランツ株式会社も同時にフィリップスの傘下となりました。フィリップスはマランツブランドの高級イメージを使って、フィリップスオーディオ全体のイメージアップを図ろうとしたのです。
    一方マランツにとっては、フィリップスの先進的なテクノロジーを利用することができるようになりました。ちょうどプロの世界では1970年頃から始まったデジタルオーディオが、民生用として規格化されようとしているときでした。


    CDの誕生とその後

    CDの第1号機CD-63 1982年にフィリップスが開発・生産したCDの第1号機は、高価であったためCD-63 としてマランツブランドで発売されました。以後、マランツはフィリップスの技術を使ってデジタルオーディオの最先端に位置し続けることになります。1985年発売のCD-34は、当時の最高級CD プレーヤーと同じキーデバイスを使用しながら、戦略的な最低価格(CD-63 の1/3)をつけたため爆発的に売れ、一気にCDの認知度を上げました。まだポータブルCDなどない頃のことです。その後もフィリップスのCDメカ、デコーダー、D/Aコンバーターなど先進的なキーデバイスを使い、マランツのCDプレーヤーは常に高い評価を得ていきます。同じく1985年には、レーザーディスクプレーヤーLV-1CDを他社からのOEMでスタート。以後段階的に社内設計生産に移していきます。同じ年には世界初のデジタルプロセッシングアンプDPM-7を発表しますが、実際に出荷されることはありませんでした。しかしこれは1991年発売の“オーディオコンピューター”AX1000で実を結びます。同じ年にはフィリップスベースの業務用CD レコーダーの1号機CDR-1も発表しました。これ以降CDRでも先頭的な位置を保ち続けます。

    アンプのマランツ

    PM-6a一方アンプでは、1/4パワーで自動的に動作が切り替わるクォーターA方式を開発、PM-6aより採用、1985年発売のプリメインアンプPM-94では出力段にMOS FETを採用し音質の良さでマランツの名を大いに高めます。
    1988年のDAC-1からスタートした高級ハーフサイズコンポシリーズは好評で、後のミュージックリンクシリーズに発展します。現在まで続くマランツの重要な技術"HDAM"は、1992年のPM-99SE、CD-15に初めて使用、また電流帰還型アンプはPM-16のパワーアンプブロックに用いられたのが最初です。1994年発売のセパレートアンプSC-5、SM-5で、実にSM1000以来のトップアワード独占を果たし、アンプのマランツは完全復活を果たしました。1995年からは超ド級真空管式モノーラルパワーアンプProject T-1 の発売と#7、#8B、#9を復刻、驚異的なヒットとなりオリジナルマランツへの人気の高さがあらためて示されました。
    時代はホームシアター、そしてSuperAudio CDへ。レーザーディスクプレーヤーの登場で、ホームシアターシステムが現実のものとなり始めました。日本では初期の隆盛をみた後、一時衰退しましたが、アメリカでは大型のAV レシーバーが定着し、現在のホームシアター全盛に至ります。アメリカではこの頃からマランツのAVレシーバー路線が定着し始め、年々高級化していきました。さらにホームインストーラービジネスの拡大と共に、プラズマディスプレイやDLPプロジェクターにも手を広げていきます。
    コンパクトカセットの後を狙ってMDと争ったDCCの失敗の後、フィリップスは次世代デジタルオーディオフォーマットであるSuper Audio CDの開発に着手、1999年末に発表された第1号機はマランツの開発によるSA-1でした。
    ところで1980年以降も北米のみマランツブランドを保ち続けたスーパースコープ社は、フィリップス・マランツとは関係なく独自のマランツ商品を展開します。ローコストのシステムが中心でしたが、世界に二つのマランツが存在することが混乱をきたし、大きな問題となりました。1990年の暮れにフィリップスが、スーパースコープ社を買収していたダイナスキャンから、残された北米におけるマランツの諸権利を買い取り、やっとマランツが一つになったのです。一時フィリップスHiFiが高級路線をとろうとした時期もありましたが、フィリップス・ブランドはゼネラルオーディオ、マランツ・ブランドはプレミアムオーディオというポジションが確定します。しかしマランツ・ブランドのオーナー(フィリップス)とマランツ・ブランドを実践する者が異なるという問題は残りました。

  • 2001
  • 第4章 私たちのマランツ 2001~ 念願のブランド取得

    マランツ・ブランドの買収とデノンとの統合

    2001年5月に日本マランツは、フィリップスからマランツの商標権、営業権、海外の販売会社及びその資産を買収しました。
    これでやっとマランツビジネスを実践する者、つまり私たちがマランツブランドを手にすることができたのです。海外販売会社も同時に手に入れたことにより、全世界共通コンセプトでマランツの事業展開が図れるようになりました。
    2002 年には、厳しさを増すマーケット状況の中で生き残りをかけてデノンとの経営統合がなされ、共同持株会社ディーアンドエム・ホールディングスが設立されました。 経営統合は、当初持ち株会社の下に、マランツ、デノン両社が並立するかたちでスタートしましたが、その後生産、物流、バックオフィス業務等の統合を進め、2004年には、社内カンパニー制度が発足、マランツは、マランツブランドカンパニーが主体となって事業を推進する体制となりました。
    そして、2005年4月1日を期して株式会社ディーアンドエム・ホールディングスが日本マランツ株式会社、株式会社デノンを吸収合併し、日本を代表するプレミアムブランド二社が完全に統合されることとなりました。もっとも、統合後も、マランツ、デノンそれぞれのブランドカンパニーが独自に企画・開発を行う体制には変り無く、それぞれの強みを活かした独自の製品が今後も続々と登場することとなります。

    ホームシアター市場への本格展開

    マランツで初めてDVDオーディオ再生可能な高級DVD プレーヤーDV-12S12001年に発表されたモデルでは、フィリップスと共同開発した日本初のSuper Audio CDマルチチャンネルプレーヤーSA-12S1、マランツで初めてDVD オーディオ再生可能な高級DVD プレーヤーDV-12S1、3 管式を画質で凌いだといわれる最高級DLP プロジェクターVP-12S1 の12S1トリオが特筆されます。
    また、THX ULTRA 対応のAV サラウンドアンプPS9200、ベストセラーのCD/MD コンビデッキCM6200があげられます。
    これらは一層のホームシアターマーケットの拡大に対処するものであると同時に、ピュアオーディオにおいてもマルチチャンネルの表現力の大きさを実証しました。

    伝説の#7、#9の復刻

    ステレオプリアンプSC-7S1翌年2002 年は、逆にマランツ伝統のHiFi市場で目覚まし動きが見られた一年でした。先ず、リーズナブルな価格ながら圧倒的な高音質でベストセラーを続けるSuper Audio CDマルチチャンネルプレーヤーSA8260、音質画質でライバルと差をつけるSuper Audio CD/DVD オーディオ・マルチプレーヤーDV8300、MP3 再生機能付きCD プレーヤーCD7300 が発売されました。加えて8 年ぶりにセパレートアンプが発表されました。
    これがステレオプリアンプSC-7S1とモノーラルパワーアンプMA-9S1です。Super Audio CD、DVD オーディオなどハイデンシティー・デジタルオーディオに対応し、スピーカードライブ力を飛躍的に高め、コンプリート・バイ・アンプやマルチチャンネルへの発展性を持つこのセパレートアンプは、マランツのフラッグシップとなるべきものです。この両モデルのナンバーの意味するところは、マランツヒストリーを読まれた方ならお解かりいただけることでしょう。

    フラッグシップホームシアター用機器の登場

    VP-10S12003年は、ホームシアター、とくにフラッグシップ機の領域で大きな成果が得られた年となりました。
     コントロールシステムのハイエンド機で知られる米クレストロン社と提携して、ホームシアターのカスタムインストールビジネスへの本格な参入を開始しました。また、中核機器のDVD オーディオ・マルチプレーヤーでは音質・画質を磨き上げたDV8400が登場、そしてもう一段上の高音質高画質を狙ったDV-12S2が発売されました。AVアンプPS9200も最先端フォーマットに対応したPS9200バージョン2となりました。加えて、プロジェクターでは飛躍的に性能向上を実現したVP-12S3と、劇場にせまるDLP(TM)3板方式のVP-10S1を登場させました。こうして、お客様に高音質・高画質の音響・映像による文字通りのホームシアターをお楽しみ戴ける体制を磐石化したのです。
    この間、HiFiでは、米オーディオクエスト社のケーブルの国内販売を開始したことが特筆されます。これにより、マランツのエレクトロニクスとパートナーを組むB&Wにふさわしい、ハイグレードなオーディオ/ビデオケーブルが加わりました。アンプではベストセラーモデルがグレードアップしてPM6100SA ver.2 PM8100SA ver.2 となり、プレーヤーでは、エントリークラスの定番Super Audio CDプレーヤーSA8400が発売されました。

    Music Dialog / Cinema Dialog の提案

    Music Dialog Supremeマランツの積年の願いは、少しでも沢山のお客様に最上の音質・画質をお届けすることでした。ただ、マランツが主力とするコンポーネント製品は機器の組み合わせ、相性等、どなたさまでもお気軽に、というわけにも行かなかったことも事実です。
    そこで、往年のシスコンのようにどなた様にもお気軽にお買い求め戴けるようにHiFiでは「Music Dialog」シリーズを、ホームシアターでは「Cinema Dialog」シリーズをそれぞれ提案することとしました。2つのDialogはいずれもマランツのAV機器とB&W社のスピーカーの最適の組み合わせ例をマランツとしてお示ししたものです。2003年から始まったこのシリーズは、2004年にフラッグシップのセパレートアンプ直系で斬新な構成のプリメインアンプPM-11S1と、高音質D/Aコンバーターを初めて搭載したSuper Audio CDプレーヤーSA-11S1のペアが発売され、これとB&W社のSigniture805を組み合わせた「Music Dialog Signature」が提案されるや大変な話題となり、百貨店の外商部門様やエアライン様の通信販売といった、これまでHiFi AV機器に余り馴染みの無かった販路様での新たなお取扱も始まりました。Cinema Dialogの方も、さらなる高音質高画質を実現したDV9500、AVアンプPS7400といった新たな製品を得て一段とパワーアップしました。

    新たなる挑戦へ

    VP-12S4マランツの歴史は、半世紀を越え次なる半世紀の歩みを現在も着々と続けています。05年に入って発売されたVP-12S4は、放送用機材で多大な実績を誇るGennum社とマランツの数年来のコラボレーションの結晶です。更に、鹿島建設様との協同開発により、モノラルからステレオへの進化に匹敵するであろう3D音響技術、OPSODISを活用した機器も発売されます。 マランツは、50年の伝統に胡坐をかくことなく、新たな音と映像のフロンティアとして挑戦していきます。是非、皆様も引き続きご愛顧戴けますよう、お願い致します。