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OTOTEN2019リポート
「マランツのリファレンス音源についてレコーディングエンジニア福井氏と語る」



2019年6月29日(土)、6月30日(日)に東京・有楽町の東京国際フォーラムで、国内最大級のオーディオとホームシアターのイベント「OTOTEN 2019」が開催されました。D&Mブースでは数々のデモンストレーションや講演が開催されましたが、今回はレコーディングエンジニア 福井末憲氏を招いて開催された講演をレポートします。お相手はD&Mシニアサウンドマネージャーの澤田龍一です。


エヌ・アンド・エフ 録音家 福井末憲氏(写真左)
D&M Holdingsシニアサウンドマネージャー 澤田龍一(写真右)
OTOTEN 2019 D&Mブースにて


 

OTOTENは、毎年開催される国内最大級のオーディオとホームシアターのイベントです。今年は2019年6月29日(土)、6月30日(日)に、東京・有楽町の東京国際フォーラムで開催されました。オーディオメーカー各社が一堂に会し、それぞれがブースを構え、新製品のデモンストレーションなどを行います。当日は多くのオーディオファンが詰めかけました。

 

D&Mブースにも、多くのお客様にご来場いただきました。D&Mブースでは多くのデモンストレーションや講演が行われましたが、今回のマランツオフィシャルブログでは、マランツの音質検討で使用された試聴音源の多くの録音を手掛けられた福井末憲氏と、長年マランツのサウンドマネージャーを務めたD&Mシニアサウンドマネージャー澤田龍一との対談形式での講演をレポートします。

 

澤田:みなさん、こんにちは。本日はD&Mブースによくいらっしゃいました。私は1977年にマランツに入社しまして1981年以降マランツの音質に関わって参りました。音質検討をするためには音源がいるわけですが、私がマランツの音質検討する際に使ってきた音楽ソフトの多くは、今日ここにお招きした福井末憲さんがレコーディングエンジニアを務められたものです。

ですから今のマランツの音が成り立っているファクターの大きな部分は、福井さんに担っていただいた、ということにもなります。今日は、その折々のキーになった音楽ソフトをご紹介しながら、録音の話などをしていただこうと思います。

福井:よろしくお願いします。

澤田:まず福井さんとの関係をご紹介いたします。1980年から20年間マランツはフィリップスの子会社でした。日本のフィリップスの音楽事業は、当時、日本フォノグラムがやっていたんですが、そこの録音部長をされていたのが福井さんです。後に独立をされて、エヌ・アンド・エフという会社で、現在も様々な録音を手掛けられています。

 

澤田:最初に本日の試聴システムの説明をさせていただきます。ディスクプレヤーはマランツのフラッグシップモデルであるスーパーオーディオCD/CDプレーヤー「SA-10」で60万円、プリアンプが今はもう生産完了した「SC-7S2」というモデル、当時70万円ですが、これは試聴室用で、新しい部品や、新しい回路を試してみたりしているので、もはやほとんど原型をとどめておりません。

 

そしてパワーアンプですが、これはカナダのClasseというブランドの300Wのモノラルアンプ「CA-M300」ペア180万円です。実は10年ほどB&WがClasseを自分の傘下にしていたのですが、一昨年私どもの親会社がClasseを買収したので今や身内のブランドとなりました。

 

スピーカーはB&Wの最上位機種である「800D3」。こちらはペアで450万円。

 

でも、実は一番高いのは今日使っておりますアメリカのAudioQuestのケーブルでして、ついこの間届いた新製品なんですが、「ドラゴン バイワイヤ」 3mペアで832万円というスピーカーケーブルです。今回はこのシステムでご試聴いただきます。

 


試聴盤その1 森山良子『日付のないカレンダー』


澤田:最初の試聴盤のご紹介ですが、私は1977年にマランツに入社しました。当時はアナログの時代ですが、その頃、音質検討によく使っていたのが、フィリップスレーベルから出ていた森山良子さんの「日付のないカレンダー」というレコードです。リリースされたのは1976年ですが、こちらの録音も福井さんがおやりになっています。

バックの演奏が、ドラムは村上秀一、ベースは後にYMOを結成する細野晴臣、ギターは椎名和夫、コーラスはブレッド&バターなど、今となっては大御所ばかりです。私はいつもトラック2の「中央線あたり」をよくかけるんですが、曲の最後に電車の音が入っています。それも福井さんが録音されたそうですが、これはどうやって録音されたんですか。

 

福井:プロデューサーがどうしても中央線の電車の音を入れたいと言い出したんですね。でもそんな音源はありませんから、当時ポータブルの 4トラックのいいテープレコーダーがあったので、家から背中に背負って電車に乗って三鷹の駅に行って、北口に降りた線路ぎわの網のところに無指向性のマイクを3m間隔で置きまして、さあ録音しようと。そうしたら電源がないわけです(笑)。

考えてみれば当たり前で、最初から用意すればよかったんですが、何とかならないかということで、当時の駅舎の方にお願いして、結構一生懸命お願いしたら、いいですよって延長ケーブルを貸してくださって、それを電源にしました。のどかな時代でしたね(笑)。

澤田:今日おかけする音源はレコードではなくて、2011年に森山良子さんの歌手生活45周年記念で、ガラスCDが出ているんですよ。これも福井さんのリマスタリングで10万円ぐらいするんですが、そちらをおかけしたいと思います。


(試聴)


試聴盤その2 内田光子『ライヴ・イン・コンサート1991』


澤田:さて、フィリップスの録音と言いますと、やっぱり私の記憶にある録音エンジニアは、マイクロフォンの魔術師と言われ、オーケストラを録音するのに100本以上マイクを使ったというフォルカー・シュトラウス、そしてその後フィリップス方式と呼ばれる録音手法を確立したオノ・スコルツェです。そのオノ・スコルツェが福井さんの先生なんですね。

実は次にお聞きいただくのは1991年に録音されたもので、ピアノの内田光子さんが凱旋コンサートをされた時の『ライヴ・イン・コンサート』というアルバムです。

これはサントリーホールでこの録音があった時、福井さんから「録音をするのでおいでになりませんか」とお誘いいただき、立ち会わせていただくことができました。その時レコーディングの責任者はオノさんでしたが、オノさんはやはりマイクそんなにたくさん使っていませんでしたね。

福井:フォルカー・シュトラウスは、楽器の一つ一つにマイクを立てて楽器の音を録音するタイプですが、オノは非常に奥行きや空間を大切にする人で、ホールを楽器の一つと捉えて、できるだけ少ないマイクで録音するのが、彼のやり方です。

基本は4本のマイクロフォンで構成されているマイクロホンシステムでの録音です。ただホールには様々な条件があるため、これだけではどうしても聴こえない音も出てくるんですね。ですから、ピアノの前に補助マイクを2本立てて録るといったことはしていました。

これがいわばフィリップス方式なのですが、そのシステムを私はオノ・スコルツェから学びました。

 

福井:フィリップスの録音方式は4つのマイクロフォンで構成されています。真ん中に2本で、左右にL、Rのマイクがあって全体の幅が約3mあります。これを1cmでも変えると、音場が変わってしまいます。

録音の時にはその位置を非常に細かく調整するんですが、オノに「お前もう少し下げてこい」って言われると、左右とセンターの3本のマイクスタンドを上げたり下げたりします。その時の高さもミリ単位の厳密さでやらなくてはいけないので、一つコンディションを変えるだけで非常に大変なんです。

それで、私が「これらを一本の棒に取りつけたらいんじゃないの」って提案して生まれたのがフィリップスバーと呼ばれるシステムです。全てをバーに取りつければ、真ん中のスタンドを1本、上げると、全部のマイクが同じように上がるわけです。

つまり、オノが考案した録音手法がフィリップス方式なのですが、それを連結してバーに取りつけ、調整しやすいようにしたのがフィリップスバーというわけです。

澤田:今お話があったフィリップス方式と、ドイツグラモフォンの録音方式、さらにデッカにはデッカツリーってありますね。これらはどう違うのですか。

福井:ドイツグラモフォンのエンジニアは、ほとんど音楽家で、音楽のことがよく分かる人が試験を受けてエンジニアになります。彼らは音楽家だから、ディティールにこだわります。

だから、各楽器の前にマイクを置いて、全体の空気感空気感より各楽器から発せられる音そのものを基調とする。ですから、録音作品としては非常に出来がいいんですが、僕たちフィリップスから言わせると、奥行きとか広がりと言う点では、ちょっと物足りないかなと思います。
デッカはもともと、L、C、Rを基調とした、無指向性のマイクを3本セットで録音をしていました。これはなぜ出てきたのかというと、デッカはロンドンの放送局、BBCと非常に強い関係があって、コンサートの中継をしようとすると、よく重なるんです。

ですから放送用にL、C、Rの3本のマイクを使い、L、RをFM放送用に使って、真ん中のCはAM放送用に使いました。そしてデッカのエンジニアは、そのステレオにL、Rだけを使うのではなく、真ん中の空間が空いちゃうといけないというので、少しずつ真ん中のCを混ぜるようになり、L、C、Rでホールの音全体を捉えるというアプローチをしました。これは発想としてはフィリップスによく似ていると思います。


フィリップスは真ん中のマイクがモノラルだと、ともするとステレオ音像にセンターをくっつけたみたいなイメージになるんですよ。それでオノが、これはいかんと。で、真ん中もステレオにしました。真ん中をステレオにして、LにはセンターのLの信号を、RにはセンターのRを混ぜることで、突出したモノラル音源がなくなりますから、自然な感じで録ることができます。それがフィリップス方式です。

 

澤田:フィリップスはレコーディングモニターに関しても厳密でしたね。内田光子さんのサントリーホールでの録音の時も、調整卓の前の椅子に座って聴くんですけど、スピーカーから聴くポイントまでの距離もきっちりと決まっていて、距離を測るのに「フィリップスの紐」というのがあるんですよ。本当に紐を持ってやっていました(笑)。

福井:フィリップスではモニターの設置場所がとても厳しく決まっていましたし、音量もすべて厳格に決まっています。距離は紐で計りますが、基本は3mです。3mで三角形の頂点がリスナーになるというセッティングです。

澤田:いわゆる60度ステレオですね。当時フィリップスはマランツの親会社でしたから、福井さんがそういうふうに教えてくださるんで、いろんなレコーディングセッションに出かけて行って、どうやって録音しているんだとか、それが結果としてどんな音のディスクになっていくんだとか、そういうことを勉強しながら、マランツの音質検討に反映させていました。では、そのように録音された内田光子さんの演奏をお聴きください。


(試聴)



試聴盤その3 長岡京室内楽アンサンブル『デビュー』


澤田:さて、次は長岡京室内アンサンブルの『デビュー』というアルバムを聴いていただくわけですが、これは日本で最初にSACD 2ch/マルチchとCDのハイブリッドで出たアルバムですね。この長岡京室内アンサンブルの録音は、福井さん、かなりやられていますよね。

福井:はい。かなりたくさん手掛けました。

澤田:私は2004年に滋賀県の栗東の「さきらホール」というところで行われた長岡京室内アンサンブルの録音セッションにお付き合いさせていただきました。

その時私は、録音終了後に福井さんが奇妙な行動をされているのに気が付きました。何をしているのかなと思ったら、演奏者がみんないなくなった後の空っぽになったホールの空気を録音していたんです。


↑福井さんのレコーディングセッション等に澤田が参加した時のスタッフパスの数々


福井:あれはフィリップスの録音では常識で、ホールの空気の音を録っておかないとOKが出ないんです。

澤田:何のために、こんな不思議なことをしているのかというと、録音したホールの空気の音、つまり暗騒音ですが、それを録っておいて、トラックとトラック、楽章と楽章の間を、その暗騒音で埋めているんですよね。

福井:デジタルですから完全な無音にもできるのですが、デジタルゼロだと音楽が切れすぎてしまうんです。ホールでの無音のほうが楽章がつながって雰囲気があるので、その手法を使っていました。

 

澤田:ポップスではやらないんですか。

福井:ポップスはもともとレコーディングスタジオで録音しますから、曲間は無音で切った方がハッキリしていいんです。

澤田:それでは長岡京室内アンサンブルの「デビュー」から、ヘンデルの合奏協奏曲をお聴きください。

(試聴)


試聴盤その4 デア・リング東京オーケストラ『デビュー公演ライヴ』


澤田:もう本当に最後になってしまいましたが、福井さんの最新録音のオーケストラ作品です。福井さんの相方のプロデューサー西脇さんのオーケストラで、昨年の8月31日に、三鷹の「風のホール」で録られたものです。

お聴きいただくのはベートーベンの交響曲7番ですが、福井さんがさきほど説明をされたフィリップスバーにサラウンドマイクを加えて合計6本のマイクをメインマイクとして録音されています。それではお聴きください。



(試聴)


 

澤田:残念ながら、もう時間になってしまいましたが、福井さんにお話いただいたように、フィリップス録音とは、音楽そのものだけではなく、ホール全体の響きをそのまま取り出したい、そういうことで録音をされています。

一方マランツは、記録されているものを余計な解釈をしないで、できる限りそのまま再生したい、というところがスタートした時からの考え方です。またスピーカーのB&Wの創業者は「いい音のするスピーカーではなく、記録された音を100%とすると、そこから失うものが少ないスピーカーを目指して作った」と言っています。

まぁ、これらは「原音再生」という、だいたい共通したストーリーですね。そんな同じ方向性を持ったコンセプトで録音・再生される音楽を聴いていただき、このセッションを終わりとしたいと思います。今日はありがとうございました。

 



長年マランツのサウンドマネージャーで音質検討に携わってきた澤田と、その音質検討で使用される音源の多くを手掛けたレコーディングエンジニア 福井さんによる講演は、たいへん興味深く、貴重なお話でした。
オーディオイベントでは実際にオーディオ機器をご試聴いただけるだけでなく、トークショーなども行われています、この秋にも各種のオーディオイベントが開催されますので、ぜひ会場のマランツブースに足をお運びください。

2019年8月27日

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