マランツの基幹技術、電流帰還回路とHDAM®について



マランツ公式ブログ、今回はマランツ製品に欠かすことのできない「電流帰還回路」と「HDAM」という技術について、その基本的な仕組みやメリット、そしてこれらの技術によって目指しているものを、マランツサウンドマネージャーの尾形と、主にアンプの製品開発に携わっているGPDエンジニアリングの村山にインタビューしました。





GPDエンジニアリング 村山 匠 (写真左)  マランツサウンドマネージャー 尾形 好宣(写真右)


オーディオの世界でいち早く採用した「電流帰還回路」



●今回はマランツの基幹技術である電流帰還回路とHDAMについて、できるだけわかりやすくご説明いただきたいと思います。まず電流型還回路からうかがいます。基本的な質問ですが、帰還回路とはなんでしょうか。

尾形:アンプは入ってきた微弱な音の信号を増幅する機器ですが、理想としては入力された信号を拡大鏡のように、寸分違わず拡大したいんです。でも、それがなかなか難しいのです。


マランツサウンドマネージャー 尾形 好宣

●単純に拡大することがなぜ難しいのでしょうか。

尾形:増幅回路には半導体を使用するわけですが、トランジスタやFETといった半導体素子は特性が非直線形、つまりリニアではないので、増幅の過程で歪みが生じたり、温度変化で特性が変化してしまい、動作が安定しません。そこで帰還回路を使って性能を安定・向上させるのです。

村山:アンプ回路の出力の一部を入力に戻すことを「帰還」と言います。増幅方式としては、帰還を行わない無帰還のものも一部ありますが、帰還回路を使うのが一般的です。


●帰還回路を使うと、なぜ歪みやばらつきが抑えられるのでしょうか。

村山:帰還回路は、入力と出力を比較して、例えば入力に対して出力が高くなった場合には下げてください、入力に比べて出力が小さくなった場合は上げてください、という動作をさせることができます。それによってバラツキを平坦化するわけです。このように逆の動作をさせることを「負帰還」と言います。


GPDエンジニアリング 村山 匠


●負帰還をする、ということは増幅率が小さくなるということですか。

村山:増幅率としては小さくなります。ですからアンプではもともとかなり大きく増幅を行い、そこに負帰還をかけることで最終的に仕上がりのゲインにする、といった設計をします。帰還する量をフィードバック量と言いますが、フィードバック量が多いほど、歪みやバラツキが改善できます。


●負帰還回路は一般的な回路ということですが、マランツが採用している「電流型帰還」は珍しい回路なのでしょうか。

尾形:帰還回路は、大きく分けて電圧帰還型と電流帰還型に分かれますが、オーディオの世界で一般に多く使われているのが電圧帰還型です。それに対し、マランツはオーディオの分野ではかなり早い時期である1995年から電流帰還回路を使い始めました。


●電圧帰還型と電流帰還型とでは、どこが違うのでしょうか。

 

村山:先ほど入力と出力を比較すると言いましたが、電圧帰還型は、例えばプラスの入力もマイナスの入力も、電圧としてモニターすることで負帰還をかけているんです。それに対して電流負帰還は、マイナス入力がバッファーの出力になるので電流という形で負帰還がかかります。


●マランツは、なぜ電流帰還型を採用しているのでしょうか。

村山:電流帰還型のほうがカバーする周波数特性が広く、スルーレートが高いという特長があります。より広い周波数範囲にわたって安定したゲインを得ることができるので、扱える帯域が広いのが電流帰還型のメリットで、そこを評価して採用しています。また、帰還抵抗が低いのでS/Nの点でも有利です。


●電流帰還回路の「広帯域をカバーできる」というメリットはどんなところで生かされるのでしょうか。

尾形:CDの時代は高音域については20kHzまでしか考えなくて良かったわけですが、SACDやハイレゾ音源などが出てくると、オーディオ機器は50kHzや100kHzという高域を含む音楽信号を扱うようになりました。そこで広帯域にわたり安定したゲインを持つことができる電流帰還回路が大きなアドバンテージを持ちます。もともと電流帰還は主に映像信号用のアンプの回路として使われていた技術なんですが、映像信号は、MHz(メガヘルツ)というオーダーの高い周波数なのです。それを扱える回路なので、これをオーディオに使うのがいいんじゃないかと着目して使い始めたのがはじまりです。


●ということは、オーディオに着目して使い始めたのは、マランツが早かったということですか。

尾形:そうですね。SACDが出る頃にはアンプのラインナップのほとんどで採用していましたから、オーディオメーカーで一番だったかどうかはちょっと分からないですけど、かなり早い頃から採用していました。

村山:マランツが最初に電流帰還回路を採用したのが1995年に発売されたプリメインアンプのPM-16でした。プリアンプ回路やパワーアンプ回路、フォノイコライザー回路などに採用しています。またCDプレーヤーではD/Aコンバーターから出力されたあとのアナログ出力のアンプ回路やヘッドホンアンプ回路などに使っています。


↑PM-16


↑PM8006の内部回路、指を差しているあたりに電流帰還回路がある


マランツ独自のHDAM®は、ディスクリート部品でアンプ回路を構成


●もうひとつのマランツの基幹技術であるHDAMについて、教えてください。そもそもHDAMとは何でしょうか。

村山:電気信号を増幅するオペアンプという集積回路がありますが、マランツはオペアンプと同じ機能を個別の部品を使ったディスクリート回路で作りました。その高速アンプ回路モジュールがHDAMです。

尾形:ちなみにHDAMとは「Hyper Dynamic Amplifier Module」の略称で、これはマランツの登録商標です。


●なぜマランツはわざわざディスクリートでアンプ回路を独自制作したのですか。

村山:オペアンプを使えば、部品点数が少ないし、安価で、回路面積も小さいので、今でも適材適所でマランツもオペアンプを使っています。しかし設計上音に関わる重要な部分ではHDAMを使うことが多いです。ではなぜHDAMを使うのかと言うと、オペアンプはIC化されているので、トランジスタや抵抗などをカスタマイズできないんです。それに対して、自分たちで回路を作れば、用途に応じて使いたいトランジスタや半導体が選べます。たとえばここは電流を流したいから、大きな抵抗を使いたい、こんなトランジスタを使い、というように設計の自由度が広がるわけです。そういった意味で、オペアンプでは満足ができない時の選択肢として開発されたのがHDAMです。

 


●具体的に言うとHDAMのメリットはどんな点でしょうか。

村山:HDAMはフォールデッドカスコードという回路構成を使っていて、周波数特性を広くとることができます。それによって音質面でのメリットはS/Nが高いこと、そして高速応答性、つまり入力した信号に対して、音が立ち上がるカーブがハイスピードで高い安定性を持っていることが挙げられます。

尾形:当時はオーディオ用に使われていた一般的なオペアンプには、HDAMのようなハイスピードのものは、少なかったんですね。それで開発したという面もあります。


●HDAMは最初にどんなモデルに採用されたのでしょうか。

尾形:まず1992年に発売されたプリメインアンプ、PM-99SEに採用されました。プリアンプやフォノイコライザー、トーンコントロール、パワーアンプの主要アンプ回路に合計10個搭載されています。そしてHDAMは、そのすぐ後、1994年に発売されたSC-5でも採用されました。SC-5は当時のマランツのアンプのフラッグシップモデルであり、一時代を築いたアンプです。


↑SC-5


↑↑SC-5の内部基板。初期型HDAMはノイズ対策として金メッキまたは銅メッキケースに収められている


●マランツの当時のフラッグシップアンプであるSC-5において、HDAMは重要な役割を果たしたわけですね。

尾形:そうなります。そしてHDAMはその後、様々なバリエーションが派生しましたが、今もマランツ製品の基幹技術としてずっと受け継がれています。

 


●バリエーションが生まれたということですが、HDAMにはどんな種類があるのでしょうか。

尾形:今お話ししたのが初代HDAMですが、その後必要とされる回路、用途に応じてDCオフセット調整回路付きのものや、CDプレーヤーの出力回路用のものなど、いくつかのバリエーションが生まれましたが、それらは単にHDAMと呼んでいました。その後1999年頃からSACDやDVDオーディオが登場して、より広帯域の音源が出てきます。それに対応し、2002年に開発されたフラッグシップモデルであるセパレートアンプSC-7S1/MA-9S1の時に開発されたのが、HDAM-SAです。HDAM-SAは先ほどの電流帰還回路を構成できるHDAMとして開発されたものです。


↑SC-7S2(2006年発売。SC-7S1をベースにプリアンプ回路を大幅に改良したモデル。)


↑SC-7S2の内部。HDAM-SAが多数使用されている。


●ではHDAM-SAは、マランツが先駆けて採用した電流帰還回路の中心を担うために作られたものということですね。

村山:そうなります。HDAM-SAは、後にHDAM-SA2、HDAM-SA3とバリエーションが作られます。


●HDAM-SAの1、2、3では用途が異なるのでしょうか。

村山:用途としては全て同じですが、使用する場所によって効果的になるように使用しています。例えば高い電圧で使う場所に関しては、HDAM-SA3を使います。カスコード段という部品が追加されていて温度的に安定する回路を持っているからです。温度の変動がない場所であればシンプルなHDAM-SA2が使われます。

尾形:「HDAM-SA3をアンプ使っていて、プレーヤーはHDAM-SA2を使っているけど、何で?」と言われることがありますが、2より3がいい、ということはありません。これらは適材適所で使い分けています。いずれにしてもマランツのプリメインアンプ、CDプレーヤーにはほとんどなにかしらのHDAM回路が入っています。例えばCDプレーヤーのヘッドホン回路は低価格モデルではオペアンプが使われていますが、その出力部分にHDAM-SAを用いたバッファー回路を追加してドライブ能力を強化しています。


電流帰還回路とHDAMによってマランツが目指すものとは



●電流帰還回路もHDAMも、もともと使っていたものをやめて、あえて手間がかかる方法を採用しているわけですが、マランツとしてはこれらの技術によって何を目指したのでしょうか。

尾形:どちらの技術も、我々が重要視している要素のひとつである「スルーレート」を向上させる働きがあります。スルーレートが良いとは、つまり音の立ち上がりが良い、ということです。たとえばアンプは、機能としては信号をそのまま増幅したいわけですが、スルーレートが悪いことは、音が正確に再現できない要因のひとつとなります。


●スルーレート、つまり音の立ち上がりが音の再現性に影響するということでしょうか。

尾形:たとえばシンバルのアタックの音のように、ピーンって音が立ち上がるとするじゃないですか。もともとの音楽信号がピーンってすごい勢いで来ても、それがアンプから出力された時、立ち上がりが遅いと音が正確に再現されないことになります。

 

村山:スルーレートは1マイクロ秒に何ボルトという単位(V/μsec)で表すんですけど、HDAMは50〜60V/μsecほどです。一般的なオペアンプは、1桁から10いくつ。遅いですよね。それに対してHDAM-SAは、200 V/μsec以上です。それだけ瞬間的に立ち上がる電圧のスピードが違うわけです。

尾形:シンバルの例は、わかりやすいたとえですが、音楽信号は常に動いていますから、スルーレートがいいということは、入力信号に対して出力信号が俊敏に、遅れなく変化してくれる。それだけ音楽を忠実に増幅してあげられる可能性が高くなるわけです。


●オーディオにおける再現性の要素としてスルーレートが重要で、HDAMも電流帰還もそこにメリットがあるから使っているということですね。

村山:スルーレートがいいということは、単に時間的な立ち上がりだけではなく、広い帯域に対して特性が良くなります。ですから時間軸では入力信号に対してリニアに追従できることが1つ、もうひとつはワイドレンジなので、ハイレゾなどの広帯域な音源に対して特性が良くなる、ということがあります。

 

尾形:もちろん我々が重要視しているのはスルーレートだけではありませんが、マランツの特徴的な要素の1つはスルーレートを重視した設計だと思います。その結果的として、マランツが理想とする音、空間表現や、音のディテールの再現性といったものが良くなります。


●やはりHDAMと電流帰還回路は、いずれもマランツサウンドを担っている技術として重要な技術なのですね。

尾形:はい。いずれもマランツのキーになる技術で、ここ20年ぐらいずっと代々受け継がれて改良されて搭載されている基幹的な技術だと言えます。ただ申し上げておきたいのは、我々は「電流帰還」とか「HDAM」という技術そのものにこだわっているわけではない、ということです。マランツの音作りとして最良の結果を得るためにこの技術を使っているに過ぎません。回路上必要十分であれば電圧帰還も使いますし、オペアンプも使っています。どう製品をまとめあげるかという部分で、この2つの技術を継承しているのです。


●なるほど、よくわかりました。ありがとうございました。



尾形と村山による電流帰還回路とHDAMの解説はいかがだったでしょうか。CDからSACDやハイレゾなど、音楽メディアの変遷を見据えながら理想の音を実現するために手間暇を惜しまず、開発されてきた2つの基幹技術は、今もマランツの製品を力強く支え続けています。オーディオイベントなどでマランツ製品の内部回路が展示されている時には、ぜひHDAMなどのパーツを探してみてください。

2019年10月18日