Marantz Musical Masteringのデジタルフィルターを切り換えて音質の違いを味わう

 

 

マランツのフラッグシップモデルSACD /CDプレーヤーSA-10、そして2月に発売されたSA-12 OSEは理想的なサウンドを実現するためマランツオリジナルのディスクリートD/Aコンバーター「Marantz Musical Mastering」を搭載しています。Marantz Musical Masteringはデジタルフィルター、ディザ、ノイズシェーパーの設定を切り換えることができ、合計24通りの組み合わせから好みの音質を選ぶことができます。今回はそのパラメータの意味やお勧めの設定について、マランツサウンドマネージャー 尾形 好宣に聞きました。


マランツオリジナルのディスクリートD/Aコンバーター「Marantz Musical Mastering」とは何か

●今回はSA-10、SA-12 OSEに搭載されている「Marantz Musical Mastering」の中のデジタルフィルター、ディザ、ノイズシェーパーなどの設定が変えられる部分についてお話を聞かせていただきます。まず「Marantz Musical Mastering」(以下MMM)について簡単に教えてください。


↑マランツ サウンドマネージャー 尾形好宣

尾形:CDプレーヤーとはCDに収められているデジタル信号を取り出してアナログ信号に変換するものですが、その働きの中核にあるものがDAC(Digital to Analog Converter)です。従来はDACについては半導体メーカーの汎用品を使っていました。ワンチップに集積された非常に小さいICなので製品を開発するには非常に便利な部品ですが、半導体の中でどのような演算がされているかは通常公開されておらず、ブラックボックスで変更することはできません。
そこで今回、マランツとしてより高品位な音を目指し、SA-10、SA-12、そしてSA-12 OSEではDACをディスクリート(多数の個別部品で構成した回路)で独自開発しました。それによってオリジナルの演算アルゴリズムを組み、音質に関わる部分には高品質なパーツを使用するといった自由度が生まれ、理想的なDA変換が可能となりました。
演算の仕方によって、音のキャラクターが異なるということは事前に分かっていましたが、製品化するにあたり、それらのいくつかをユーザーが変更できるようにしたのです。開発過程では公開しているパラメータを超える何万もの組み合わせが存在しましたが、最終的にデジタルフィルター、ディザ、ノイズシェーパーという3つに集約しました。

SACD /CDプレーヤー SA-10

 

 

SACD /CDプレーヤー SA-12 OSE


マランツオリジナルのディスクリートD/Aコンバーター「Marantz Musical Mastering」についてはこちらのコンテンツもぜひごらんください。


●SA-10、SA-12 OSEのMMMの内部のデジタルフィルターなどのタイプが切り替えられるのは、オリジナルのディスクリートDACだからできるのでしょうか。

尾形:オリジナルのディスクリートDACだからデジタルフィルターが切り替えられる、というわけではありませんが、デジタルフィルターのタイプに加えて、ディザ、ノイズシェーパーなどをユーザーが設定できるようにしたのは、ディスクリートだからできたのかもしれません。またメーカーとしてディザやノイズシェーパーをそのまま公開しているのも珍しいと思います。ただ「ディザ」「ノイズシェーパー」といった専門用語をそのまま使っていますので、一般のオーディオファンにはわかりにくいかもしれないと思っており、それで今回ブログでご紹介したいと考えました。

 

●具体的にはDACのどのようなパラメータが選べるのでしょうか。

尾形:自分で設定できるパラメータは3種類ありますが、選択肢はデジタルフィルターが2タイプ、ディザが3タイプ、ノイズシェーパーが4タイプありますので、2x3x4で合計24種類の組み合わせから選ぶことができます。

●選択肢が合計24種類もあるんですね。

尾形:そうなんです。それでちょっと迷われている方も多いようで……。オーディオショーなどで「これはどう使えばいいのですか」と質問されることもありますし、使いこなしがわからなくて少しいじってみて、いまひとつパラメータの意味がわからずにそのままにしているという方も多いと聞きましたので、今日はそれぞれのパラメータの説明をしつつ、24種類の設定の中から、私が最も両極端だと思う設定を2つご紹介したいと思います。他の設定はその間にあるものだと思ってください。一つは最も聴感上のS/N感が高く、すっきりとした音、もう一つは、最も余韻や響きが豊かでなめらかな音です。

●わかりました。ではご説明よろしくお願いします。


デジタルフィルターはS/N感が高いものと、ナチュラルなサウンドの2タイプ

●まず、デジタルフィルターの3つのパラメータをユーザーが設定できるということですが、回路上どこにあるものでしょうか。

尾形:下の図をご覧ください。MMMは前段のMMM-StreamとMMM-Conversionに別れています。MM-StreamはPCMを1bitの信号に変換する部分です。その前段の一部であるデジタルフィルタ(赤枠で囲った部分)のパラメータを選べるということです。

 

●上図の赤枠内のデジタルフィルターの演算部に3つのパラメータがあるということですね。順番にご説明ください。

尾形:まずはデジタルフィルターですが、これには2つのタイプがあります。取扱説明書を見るとちょっとややこしい言葉が出てくるんですけどFilter 1は「プリエコー、ポストエコー共に非常に短い、対称インパルス応答の特性です」とあります。多分、ここでもう、普通はちんぷんかんぷんですよね(笑)で、「非常に正確なサウンドステージと、スムースなトーンバランスです」と続きます。
これはどういうことかと言うと、入力に対して非常に正確なデジタルフィルターで、このフィルターを使うとニュートラルで端正な音になります。ちなみにインパルス応答というのは、ここではDACの信号処理の特性を表すために用いているもので、デジタル処理で作られた時間軸の幅がゼロのパルス信号(スパイク状の信号)をDACに入力したときに、出力されるアナログ信号がどのような波形になるのかを示すものです。入力信号に正確に正しく出力されることが理想ですが、実際には、オーバーシュートやリンギングといわれるような元の波形とは異なる部分が発生します。

インパルス応答とは

 


取扱説明書のデジタルフィルター説明部分の抜粋

Digital Filter
Filter 1 プリエコー、ポストエコー共に非常に短い、対称インパルス応答の特性です。非常に正確なサウンドステージとスムースなトーンバランスです。
Filter 2 非常に短いプリエコーと、プリエコーに比べて長いポストエコーの非対称インパルス応答の特性です。ニュートラルなトーンバランスで、“Filter1”と比べるとわずかに明るい音調です。

一方のFilter 2は「非常に短いプリエコーと、プリエコーに比べて長いポストエコー」とあります。こちらは、手を叩いたとしてバーンって叩いた時、無音から音がバーンと立ち上がって、揺れというか響き、エコーが残って消えてゆきますよね。これはそんな自然界にある音に近いんですよ。つまり、自然でナチュラルな音です。ただし聴いた感じはナチュラルですが、数学的に言うと、Filter 1よりも誤差はあります。

 

●ということはFilter 1は正確さが特長、Filter 2は自然さが特長、ということでしょうか。

尾形:そうですね。オーディオ的に言えばFilter 1はよりS/N感が高い、というニュアンスでしょうか。

●フィルターの切り替えはどこで行うのでしょうか。

尾形:デジタルフィルターのみ、リモコンにある専用ボタンで切り替えます。再生中に切り替えることも可能です。ただし、私自身が音の違いを聴くときは、あまり長くない時間の比較する部分を決め、一度再生、停止して、設定を変更し、もう一度戻って同じ部分をくり返し聴くという方法が分かりやすいのでそうしています。

 

●リモコンにあるということは、気軽に切り替えられるので、聴き比べる楽しさもありますね。

尾形:はい。ただ、いずれにしろマランツのサウンドの範疇なので、あくまでも細かいニュアンスの違いです。その繊細な違いを味わっていただきたいと思います。

 


ディザ、ノイズシェーパーのパラメータについて

●残り2つのパラメータは「ディザ」と「ノイズシェーパー」についてうかがいます。まずディザとはどんなものでしょうか。

尾形:前述の図の通り、MMM-Streamの後段ではΔΣ(デルタシグマ)モジュレーターという演算を行う部分があります。ここにおける演算の要素として、ディザと、ノイズシェーパーがあり、それぞれ設定が選択できるようになっています。まずはディザから説明します。ディザとはもともと数学用語なんですが、日本語でいうと量子化誤差になります。ΔΣモジュレーターで演算処理をする際に、あえてごく少量のランダムノイズを加えることで、オーディオ的に好ましくない歪みやデジタル臭さを除去します。たとえば画像のことを考えてもらうとわかりやすいのですが、データ量のあまり多くないデジタルの画像って粗くてモザイク状にみえたりしますが、そこに小さなランダムノイズであるディザを入れることで滑らかに見えるようになる。そんな滑らかさを出す効果があります。

 

●ディザにはどんな種類があるのですか。

尾形:全部で3タイプあります。ディザの1と2、そしてディザなしです。ディザは「足す」と言うんですけど、ディザの1と2の違いは加えるランダムノイズの値が大きいか小さいかです。ディザ1が小、ディザ2が大です。音の印象としては一番なめらかに聴こえるのが大のディザ2,一番すっきり聴こえるのがディザなしのOffで、ディザ1がその中間です。マランツのデフォルトはディザ1になっています。

取扱説明書のディザ説明部分の抜粋

Dither
Dither 1 当社が開発したDither です。誤差を減少させ、かつS/N 比の悪化を最小限に抑えます。
Dither 2 一般的なDither です。誤差を減少させますが、S/N 比もわずかに悪化します。
Off S/N 比は最も良くなりますが、誤差がサウンドステージや音色にわずかに影響します。

●ではもう一つのノイズシェーパーについて教えてください。

尾形:MMM-Stream前段のオーバーサンプリング処理では、PCM の44.1kHzの信号が入力された場合は、まず16倍にアップサンプリングして、さらにもう一度16倍にアップサンプリングすることで11.2MHzのPCM信号にします。そのあとでDSDに変換するわけですが、この可聴範囲をはるかに超えた高域ではノイズレベルが急激に上がるんです。そのノイズをMMM-Stream後段で除去処理をするのがノイズシェーパーです。

 

尾形:ノイズシェ―パーで演算をどのように行うかは様々な選択肢があって、開発段階では1次、2次、3次、4次、5次などのノイズシェーパーを試しました。〇次というのは、演算したデータの下位ビットを遅延して次の入力データに加算して演算するという処理を何回行うかを表しています。理論上、次数があがるほど低い周波数帯域のノイズレベルが下がります。
ただし、高い次数の処理を行うほど大規模な回路が必要です。開発時の検討の結果、最も対コストと対ノイズ低減効果(音質)に優れる3次、4次が妥当と判断し、この3次(3rd)と4次(4th)のノイズシェーパーがユーザーが選べるようになっています。実は、ノイズシェーパーにはさらに演算のオプションとして「レゾネーター」という要素があります。レゾネーターは可聴帯域のノイズフロアを下げる技術で、これをノイズシェーパーと組み合わせることでよりノイズを減らすことができます。この処理を行う(-1)か行わない(-0)で、音が変化するということがわかり、これもパラメータとして開放することにしたのです。
つまり、ノイズシェーパーは、初期設定の3次でレゾネーターありの「3rd-1」、3次でレゾネーターなしの「3rd-0」、4次でレゾネーターありの「4th-1」、4次でレゾネーターなしの「4th-0」の4種類があります。

取扱説明書のノイズシェーパー説明部分の抜粋

Noise Shaper
3rd-1 高いS/N 比と開放的で精緻なサウンドステージを高度にバランスさせた設定です。
3rd-0 高いS/N 比と自然な音調の設定ですが、解像度は抑え目です。
4th-1 および3rd-0 に比べてS/N比は高いですが、サウンドステージの解像度がわずかに下がります。周波数レンジの広い音楽をダイナミックに再生します。
4th-0 4th-0:5kHz 以下の帯域で高いS/N 比を持っています。生の楽器やボーカルをダイナミックに再生します。

●これらのパラメータの音の特長を説明してもらえますか。

尾形:ノイズシェーパーの3rdと4thで言うと、4th次のほうがフィルターの次数が高いので、聴感上のS/N感が高く聴こえますが、自然さでいえば3次が勝るかもしれません。そしてレゾネーターは「1」のレゾネーターありのほうがS/N感がいい。ですからこの中で言うと、4thの1が一番S/N感がいいんですよ。で、次にS/N感がいいのが、4thの0。で、次が3rdの1ですね。で、最後が3rdの0。これが一番S/N感としては良くないと。ちなみにデフォルトは3rdの1になってます。

●S/N感で言うと、良い/良くないとなりますが、裏返して言うと3rdの0が一番いいっていうものは、自然さとかそういうことなのですか。

尾形:別の言葉で言うと3rdがマイルドで滑らか、4thがハッキリくっきり系という違いがあります。ただしこのパラメータを変えると少しニュアンスが変わる程度の話で、音が180度変わるようなものじゃないんです。とはいえ、良くセッティングされた環境であればちゃんと違いを感じていただけると思います。

 


デフォルト、マイルド、ハッキリの設定を聴いてから好みの設定を探す

●デジタルフィルターの3つのパラメータについて教えていただきましたが、24種類の設定の中でお勧めの設定はありますか。

尾形:先ほども言いましたが、デジタルフィルターのパラメータの設定は、それを変えると音が180度変わるようなものじゃないんですよ。たとえばSA-12 OSEであれば、そのサウンドキャラクターがガラっと変わることはありません。どの組み合わせにしても、マランツのHi-Fiサウンドの範疇で、少しニュアンスが変わる程度です。でも確実に変わる。なので、24種類の設定の中でもっとも違いの分かりやすい「いちばんマイルドで滑らか」な設定と、「明瞭度の高いハッキリした」設定をご紹介しておきます。

●お願いします。

尾形:音調が一番マイルドになる設定が、デジタルフィルター:2、ディザ:2、ノイズシェーパー:3rd-0の組み合わせです。そして逆に最も明瞭度が高いハッキリしたサウンドの設定がデジタルフィルター:1、ディザ:Off、そしてノイズシェーパーは効果が最も高い4th-1です。各パラメータと音の傾向を並べると次の図のようになります。初期設定(デフォルト)はいろんなディスクがなるべく破綻なく聴けるように中庸なセッティングとなっています。

 

●その2つの両極端な設定の音を聞いておけば、他の設定はこの2つの設定の間にあると思えばいいのでしょうか。

尾形:はい、そうなります。そしてデフォルトの設定はこの範囲のちょうど中間にあります。ですからデジタルフィルター、ディザ、ノイズシェーパーの設定を変えてみたいと思ったとき、まずは音の特徴をつかんでもらうのが良いと思います。まずはデフォルトを聴く、その後でこの両極端の設定を聴いてみてください。それによって設定による音の変化の幅がわかると思います。変化の幅がわかったところで、その日の気分や、聴く音楽のジャンルによって設定を切り替えてもいいかもしれません。

 

●両極の設定をした後に微調整するとき、それぞれのパラメータではどんな風に音が変わるのでしょうか。

尾形:デジタルフィルターは音の性格というか、タイプとして違います。一番変化が大きいと感じられるかもしれません。ディザは聴感上のS/N感がダイレクトに変わります。音がすっきりした方が良いか、まったりした方が良いかかが一番違うのがディザだと思います。ノイズシェーパーもディザに似ていますが、ちょっとタッチが違う、ちょっと雰囲気が違うかなというニュアンスです。

●SA-10、SA-12 OSEでここまでパラメータをユーザーに公開したのはなぜでしょうか。

尾形:ディスクリート開発段階では、今日ご紹介したようなパラメータ以上に多くのパラメータを切り替えながら色々な音楽を聴いて演算のアルゴリズムを決定したわけですが、この曲はこっちの設定がいいけど、この曲はこっちの設定がいいな、みたいなことがありました。また試聴室ではスピーカーやアンプを固定していますが、ユーザーの方々がお使いのスピーカーやアンプはそれぞれだと思いますので、組み合わせによっては最適な設定がちがってくるかもしれません。そんなわけで最終的にはパラメータをユーザーに開放し、お好みの音で聴いてもらおうということになりました。

●マランツの試聴室とユーザーではシステムも違いますし、音の好みも違うわけですから、そこは自分で設定していただく、ということですか。

尾形:もし普及価格帯のモデルであればここまで多種多様なパラメータを開放してもユーザーは戸惑ってしまうと思うのですが、SA-10、SA-12 OSEをお使いいただいているようなユーザーのみなさんは、オーディオの知識レベルも高い方々だと信頼し、あえて開放したというのもあります。

 

●SA-10、SA-12 OSEをお持ちの方はもちろん、ご興味をお持ちの方もオーディオ店の店頭などでぜひ試していただきたいですね。

尾形:はい。パラメータを変えることで、演算処理によって音が変わるというのをいろいろ経験していただいて、マランツが提供する音質の範囲を逸脱しない中で、細かいニュアンスを変えてみて味わってほしいと思います。

MMM(Marantz Musical Mastering)のデジタルフィルター、ディザ、ノイズシェーパーの設定変更の解説、いかがだったでしょうか。どれも専門用語なので難しそうに感じますが、説明を聞きながら実際に音を聴かせてもらうと、音の違いがよくわかりました。それぞれのモデルが持つサウンドの個性の範囲内でのニュアンスの違いを味わい、曲によって設定を変えてみたりするのは、まさにオーディオならではの楽しみだと感じました。


2020年5月21日